宮澤秀巖

語録集「文字と書の学び方」

語録集

故宮澤秀巖先生が遺したお弟子様への師事語録の一部。
美術品、芸術品の定義。書の次元の完成。現代日本において失われた教養への警鐘など、
秀巖先生の書に対する探究・究明の姿勢が窺えます。

「文字と書の学び方」

文字の学び方は緩り丁寧に忠実に写す事に有る(二次元の世界)
お習字は其の書に対し、正確に繰り返し怠らず学ぶ事に有る。即ち智目行足の心(未だ二次元の段階)

書の学び方は手に囚われず、筆に囚われず、頭(考え)に囚われず書く事に有る。観眼は意臨出来るも、見眼には形臨しか出来ない。形臨は往々にして二次元度に終る。心して学ぶ可し(此処から三次元の世界)

書道は右の三条件に更に人生哲学、道(覚り)を加えたものであらねば書道の領域には入れない(此処から四次元の世界が始まる)

五次元の書は禅の境地次元から始まる。

六次元の書は無我身になって始めて成就するもので有る。

中国では書法と言い、書写と言う。日本の文部省では、昔は書き方と言い、現在では書写と言う。中国の言葉を真似たのか?

中国の書写と言う次元と日本の書写と言う次元に於いては、其の次元度値にひらきが有る。
マッカーサーは日本の文化のあらゆるものの道と名の付くものを否定し、排斥した。其の為に日本人は人倫をも否定し、物理化学の進歩の世界を第一として価値値を定めた。片手落ちの文化で有る。硬筆や筆ペンは実用の世界のもので有って、道の世界のものではない。現在の日本人は用の世界のみを知りて、美の世界と道の世界が解らない。

嘆かわしき事限無し、と言わざるを得ない。少なくとも書を学ばむと志す者には真に心して之を直視す可きもので有る。片手落ちの文化は衰頽するのみに停まらず破滅への道を辿る文化であると言う事を忘れてはならない。

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