
〈釈文〉万事塞翁(ばんじさいおう)
〈大意〉人間の吉凶・禍福は変転し予測できないことのたとえ。昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。「人間万事塞翁が馬」ともいう。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「准南子」(中国・前漢)
- 〈出品書展〉平成13(2001)年4月第30回萠翠会展
- 〈書体〉草書
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈表具形態〉額装

壬戌之秋七月既望蘇子與客泛舟遊於赤壁之下。
清風徐来水波不興。
挙酒属客明月之詩歌窈窕之章。
少焉月出於東山之上徘回於斗牛之間。
白露横江水光接天。
縦一葦之所如凌万頃之茫然。
〈釈文〉赤壁賦(せきへきのふ) 壬戌(じんじゅつ)の秋、七月既望(きぼう)、蘇子(そし)客と舟を泛(うか)べ、赤壁(せきへき)の下(もと)に遊ぶ。清風(せいふう)徐(おもむ)ろに来たり、水波(すいは)興(おこ)らず。酒を挙(あ)げて客に属(すす)め、明月の詩を誦(しょう)し、窈窕(ようちょう)の章(しょう)を歌う。少焉(しばらく)にして月東山(とうざん)の上に出(い)で、斗牛(とぎゅう)の間に徘回す。白露(はくろ)江(こう)に横たわり、水光(すいこう)天に接す。一葦(いちい)如(ゆ)く所(ところ)を縦(ほしいまま)にし、万頃(ばんけい)の茫然(ぼうぜん)たるを凌(しの)ぐ。
〈大意〉壬戌の秋七月十六日、蘇子は客とともに船を浮かべて、赤壁の下に遊んだ。清風がゆるやかに吹き、水面には波が立たない。酒を取って客に進め、明月の詩を誦し、窈窕の章を歌った。しばらくして月が東山の上に出、斗牛の間を徘徊した。長江の流れが白露のように光り、その光が天に接している。船は葦のように流れに任せ、はるばると広がる水面をわたっていく。(元豊5(1082)年、黄州に流されてから3年目の秋、蘇軾が三国志の古戦場として名高い赤壁に遊んだ際に作った「赤壁の賦」の一節。賦とは韻文ではないが一定の抑揚をもった朗誦文学である。)
- 〈落款〉一九九五年暮秀巖書
- 〈出典〉蘇軾(蘇東坡)「前赤壁賦」(中国・宋代)
- 〈製作年〉平成7(1995)年
- 〈出品書展〉平成10(1998)年10月第27回萠翠会秀叢展
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉巻子

〈釈文〉飛龍(ひりゅう)
- 〈落款〉八十有余二 秀巖居士書
- 〈製作年〉平成13(2001)年
- 〈出品書展〉平成13(2001)年4月 第30回萠翠会展
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉軸装
- 〈鑑賞〉晩年の作品であるが、紙面全体に躍動するようにダイナミックに書かれている。

〈釈文〉龍虎(りゅうこ)
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉軸装

〈釈文〉我を捨て以て神に通ず
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成13(2001)年4月 第30回萠翠会展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉額装
- 〈鑑賞〉曼珠沙華の花をイメージして書かれたとのこと。一字の中に、にじみ、かすれなど多彩な表現がなされている。

〈釈文〉虎嘯(こしょう)
〈大意〉虎が嘯(うそぶ)く(大声で吼えること)
- 〈落款〉教導院禅定秀巖居士
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の2
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉蘭芝(らんし)
〈大意〉蘭と霊芝。古来より、共に瑞草として尊ばれている。
- 〈書体〉行書

- 〈落款〉庚午 秀巖書
- 〈製作年〉平成2(1990)年

〈大意〉潮泡(海水の泡)の留まる限り穏やかであってほしい。八洲の海に吹く春の初風よ。
- 〈出典〉大口鯛二(大口周魚)(1564-1925) の短歌
- 〈出品書展〉平成14(2002)年5月 第32回萠翠展
- 〈大きさ〉半切3分の2
- 〈書体〉かな
- 〈表具形態〉額装

かげもみえつつかうがうしくも寂しく明かりけり
- 〈出典〉大木惇夫(1895-1977)の詩「こぶしの花」
- 〈出品書展〉平成14(2002)年5月 第32回萠翠展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉大字かな
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉秀巖先生生前最後の書展の出品作。この書展の後、入院されて同年7月5日、帰らぬ人となられた。

〈大意〉仏教におけるすばらしい教え。妙法蓮華経の略でもある。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成14(2002)年5月 第32回萠翠展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉秀巖先生生前最後の書展の出品作。この書展の後、入院されて同年7月5日、帰らぬ人となられた。

- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉昭和62(1987)年10月 第16回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉全紙3分の1
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉額装

一切有為法如夢幻泡影如露亦如電応作如是観
〈釈文〉夢 一切(いっさい)の有為(うい)の法、夢幻(むげん)泡影(ほうよう)の如し、露(つゆ)のごとく電(かみなり)のごとし、まさにかくのごとき観(かん)をなすべし
〈大意〉一切人の世は、梦幻のごとく、露のごとく、稲妻のごとくはかないものだと知るべきである。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出展〉「金剛経」
- 〈書体〉夢=篆書、行草書

〈釈文〉虚
- 〈落款〉乙卯首夏 秀巖道人書
- 〈製作年〉昭和50(1975)年
- 〈書体〉行書

〈釈文〉戯(たわむれ)
- 〈落款〉秀巖
- 〈書体〉草書

馬祖一喝百丈直得三日耳聾是喝始也
〈釈文〉喝(かつ) 馬祖(ばそ)一喝百丈(ひゃくじょう)直(ただ)ちに三日耳聾(みみろう)を得る 是れ喝の始めなり
〈大意〉唐代、馬祖道一(ばそどういつ)禅師が弟子である百丈懐海(ひゃくじょうえかい)を一喝した際、その凄まじさに百丈は三日間耳が聞こえなくなったという。この馬祖の一喝が禅宗における喝の始めである。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉平成元(1989)年3月 第18回萌翠会書道展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉行草書

〈釈文〉夢
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉行書
- 〈鑑賞〉淡墨、長鋒筆で書かれた作品

〈釈文〉墨に酔う
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書
- 〈鑑賞〉本文の内容にあわせて、淡墨で墨色の変化を生かして書かれている。

書の説明
- 〈落款〉甲寅夏五 秀巖書
- 〈書体〉篆書
- 〈鑑賞〉紙面右に大きくとった余白が効果的な作品。

馬祖一喝百丈直得三日耳聾是喝始也
〈釈文〉喝(かつ) 馬祖(ばそ)一喝百丈(ひゃくじょう)直(ただ)ちに三日耳聾(みみろう)を得る 是れ喝の始めなり
〈大意〉唐代、馬祖道一(ばそどういつ)禅師が弟子である百丈懐海(ひゃくじょうえかい)を一喝した際、その凄まじさに百丈は三日間耳が聞こえなくなったという。この馬祖の一喝が禅宗における喝の始めである。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書
- 〈掲載書籍〉「‘97喜寿・古希記念 代表書家作品集」平成9年/修美社/刊

〈釈文〉十年気を養えば修仏の如し
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成14(2002)年5月 第32回萠翠展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉軸装
- 〈その他〉秀巖先生生前最後の書展の出品作。この書展の後、入院されて同年7月5日、帰らぬ人となられた。

〈釈文〉学は以て已(や)むべからず
〈大意〉人間は生涯休むことなく学び続けなければならない。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成7(1995)年10月 第24回秀叢展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉楷書
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉秀巖先生座右の銘。

〈釈文〉南山の寿
〈大意〉終南山が崩れないように生命や事業がいつまでも続くこと。人の長寿を祝う言葉。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「詩経」(中国最古の詩集。西周~春秋)
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書

〈釈文〉千古對無し
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「碧巌録」
- 〈書体〉草書

〈釈文〉牀前(しょうぜん)月光を看(み)る 疑(うたが)うらくは是(こ)れ地上の霜かと 頭(こうべ)を挙げて山月を望み 頭(こうべ)を低(た)れて故郷を思う
〈大意〉寝台の前に月光が差している。まるで地表を霜が覆っているかと見まがうほどだ。頭を上げて山ぎわにかかる月を見ていると、だんだん頭が垂れてきて気が付くと故郷のことをしみじみ思っていた。
- 〈落款〉李白之詩 静夜思 秀巖書
- 〈出典〉李白「静夜思」(中国・唐代)
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書

〈釈文〉独り立つ寒塘煙雨の中
〈大意〉寒い堤の上で煙るように降る霧雨の中ひとり立ちすくんでいる。
- 〈落款〉戊午正月 秀巖書
- 〈製作年〉昭和53(1978)年
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書

〈釈文〉少年老い易(やす)く学成り難し 一寸の光陰軽(かろ)んずべからず 未(いま)だ覚(さ)めず池塘(ちとう)春草(しゅんそう)の夢 階前(かいぜん)の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声(しゅうせい)
〈大意〉少年が年老いていくのはあっという間だが、 学問がモノになるのは大変難しい。だから、わずかな時間も惜しんで一生懸命に勉強すべきである。春に池のほとりに草がゆらぐのを見ながらうつらうつらと夢を見ていたかと思うと、庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びている。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成2(1990)年10月 第19回秀叢展
- 〈出典〉朱熹「偶成」(中国・宋代)
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉野鶴孤雲自ら在り 春風酔客相宜し
- 〈落款〉秀巖
- 〈大きさ〉半切3分の2
- 〈書体〉行草書

窗ちかきいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜のゆめ
〈大意〉窓の近くのわずかな竹の群生に風が吹いて、夏の夜の夢から覚めてみれば既に秋かと思う涼しさである。
- 〈出典〉「新古今集」所収 藤原公継の歌
- 〈大きさ〉半紙
- 〈書体〉かな

〈釈文〉本来無一物(むいちもつ) 亦(また)塵(ちり)の払(はら)うべきものなし 若(も)し能(よ)く此(ここ)に了達(りょうたつ)せば 用いず座して兀々(ごつごつ)たるを
〈大意〉天地万物皆空であるから、無一物だけに塵を払うこともない。人もしこの仏法の真諦を悟ることができれば端坐して座禅を行ない、無念無想の境に入ることはない。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉拾得「偈」(中国・唐代)
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉禅三昧
- 〈落款〉一九八七年 秀巖
- 〈製作年〉昭和62(1987)年
- 〈書体〉行書

〈釈文〉仙樹(せんじゅ)蓬莱(ほうらい)に接す
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉草書

昨日も今日も 私の胸に曇る樹立 々々 々々 そこには鳥が啼く
- 〈出品書展〉平成6(1994)年10月 第23回秀叢展
- 〈出典〉三木露風(1889-1964)「樹立」
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉近代詩文書
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成4(1992)年3月 第21回萌翠会書展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉篆書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉居を移して今夜薜蘿(へいら)に眠る 夢裡(むり)の山鶏(さんけい)暁天(ぎょうてん)を報ず 覚えず雲来たりて衣(ころも)暗(あん)に湿(うるお)うを 即(すなわ)ち知る家は深渓(しんけい)の辺(ほと)りに近きを
〈大意〉今夜は久しぶりに宮中から出て山中に宿る。あたりは、まさきのかずらやさるおがぜが垂れ下がった木深いところ、心も落ちつき、旅の疲れもあって、ぐっすり眠ったことである。夢がまだ覚めやらず、うとうとしているときに、山鳥のしきりに鳴く声が聞こえて、はや夜明けとなったが、まぎれもなく、なるほどこの家は深い谷川の近くにあるのだ、ということがわかったのである。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出展〉嵯峨天皇(786-842)「山の夜」
- 〈掲載書籍〉「‘97喜寿・古希記念 代表書家作品集」平成9年/修美社/刊
- 〈大きさ〉半切3分の2
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

行く人も立つ牛も ともに霞みて 野はしづか 雲雀啼く
- 〈出典〉与謝野鉄幹(1873-1935)「行く春」
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉大字かな
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉素心に帰る
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈大意〉秋風が吹きすぎてゆく。ここにある藪も畑もその昔不破の関があった跡なのだ。
- 〈出典〉松尾芭蕉(1644-1694)「野ざらし紀行」
- 〈掲載書籍〉「松尾芭蕉 墨筆紀行」昭和61年/修美社/刊
- 〈大きさ〉色紙
- 〈書体〉かな
- 〈表具形態〉額装

日岫高低影 雲空點綴陰 蓬瀛不可望 泉石不且怡心
〈釈文〉爽気(そうき)蘭沼(らんしょう)に澄み 和風桂林に動く 露は凝らす千片の玉 菊は散らす一叢の金 日岫(ちゅう)高低の影 雲空点綴(てんてい)の陰 蓬瀛(ほうえい)望むべからず 泉石且(しば)らく心を怡(たのし)ましめむ
〈大意〉秋の爽やかな気は蘭の生えた沼に満ち、静かな風は桂樹の林を動かしている。白露は千片の白玉のように思い、菊が開けば一叢の黄金を散らすようである。日は山の巌穴を照らして影に高低があり、雲は空にあってほどよく処々に彩られている。蓬莱・瀛洲は神仙の棲むところで我れこれに至ることは望むことはできないので、しばらく林泉に遊んで心を楽しませる。
- 〈出典〉太宗「秋日」(中国・唐代)
- 〈製作年〉昭和56(1981)年
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈大意〉達磨だるま大師が、中国の少林寺で無言のまま九年間も壁に面して座禅し、悟りを開いたという故事による。転じて、一つの目的に長い歳月をかけて心を傾け、努力するたとえ。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出典〉「景徳伝灯録」
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉花に酔う
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

- 〈出典〉若山牧水(1885-1928)
- 〈書体〉かな
- 〈鑑賞〉王朝継紙の扇面を縦に配した雅な作品。

- 〈落款〉庚申孟秋 秀巖
- 〈製作年〉昭和55(1980)年
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉額装
- 〈鑑賞〉長鋒筆を駆使してダイナミックに書かれている。スピード感あふれる作品。

〈釈文〉詩は快人に向かって吟じ 酒は知己に逢いて飲む
〈大意〉詩は風流を解する人に向かって詠み、酒は親しき知友に会って飲む。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「禅林句集」
- 〈大きさ〉半切3分の2
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉甲寅林鐘 秀巖書
- 〈製作年〉昭和49(1974)年
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉篆書

〈大意〉夏の夜、ほととぎすが一声鳴いて飛び去った。ふり仰ぐと、うっそうと茂った竹藪の間から月の光が静かに漏れさしてくるばかりである。
- 〈出典〉松尾芭蕉「嵯峨日記」
- 〈掲載書籍〉「名筆による墨筆芭蕉集」昭和56年/広論社/刊
- 〈書体〉大字かな
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉不落の嶮
〈大意〉難攻不落の険しい地形。赤坂城落城から一年、再起した楠木正成は赤坂城奪回、ついで千早谷の奥、金剛山に連なる山岳地帯に山城を築き詰めの城とした。この千早城は小城でありながら難攻不落、戦いは長期化、籠城百日の末幕府軍は囲みを解いて敗走する。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「太平記」
- 〈掲載書籍〉「書で綴る太平記」平成3年/広論社/刊
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書

越路より君がたびたるこの紙は今のこの世に珍しきかも
目もあやに色とりどりのこの紙に何を書きてか君に送らむ
み病のおこたりがたき買いもとめ送りたまいし紙の尊さ
長病みの床の上にも手書くわざ怠らぬ君の尊く思ほゆ
いかにしてこのいくとせを病院にこもろふ君を吾がなぐさめむ
療院の君を思えばなぐさめの文をも時に書くべかりけり
み病の癒えにてふたたびわが庵を君が泊め来む日をこそは待て
秀巖先生が恩師である松崎春川先生に美しい和紙を送られたことに対する春川先生の御礼の手紙に書かれていた春川先生自作の和歌。この手紙は昭和60年広論社より刊行された「各界50人が写真と文で綴る心の師」という書籍にも掲載されている。病気療養中であられた秀巖先生を気遣われる春川先生のお気持ちがうかがわれる

〈釈文〉独り芳春(ほうしゅん)の酒を酌(く)み 楼に登れば已(すで)に半醺(はんくん) 誰が驚かん一行の雁 衝断(しょうだん)江雲を過ぐるを
〈大意〉春風に独りで酒を酌み、江楼に登ると半ば酔を覚えてきた。誰が一行の帰雁が雲を衝いて過ぎてゆくのを見て驚くであろうか。
- 〈落款〉韋承慶之詩 江楼 秀巖書
- 〈出典〉韋承慶(韋延休)「江楼」(中国・唐代)
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書

- 〈落款〉丙寅仲秋 秀巖書
- 〈製作年〉昭和61(1986)年
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書

〈釈文〉春山勝事多し
〈大意〉春の山は素晴らしいことが多い
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉于良史「春山夜月」(中国・唐代)
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈釈文〉三更月は照らす幽窓の外 松竹青々として碧流れんと欲す
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉禅林句集
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉隷書

〈釈文〉独り幽篁の裏(うち)に坐し 琴を弾じまた長嘯(ちょうしょう)す 深林人知らず 明月来たりて相照らす
〈大意〉たったひとり奥深い竹藪の中に座って、琴を弾き、そして息長く詩を口ずさむ。この深林での楽しみをみんなは知らないけれど、明月の光がさしこんできて私を照らしてくれる。
- 〈落款〉王維詩 秀巖書
- 〈出典〉王維(王摩詰)「竹里館」(中国・唐代)
- 〈掲載書籍〉「昭和書道史作品総覧 続篇」昭和59年/修美社/刊
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書

- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉平成5(1993)年3月 第22回萌翠会展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉蓬莱の月
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈釈文〉林花に満つ
〈大意〉紅葉が真っ赤に色づいて林に花が咲き満ちたようになる様をいう。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書

- 〈落款〉秀巖道人書
- 〈書体〉行書

〈大意〉瑞祥の雲。めでたい雲。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈釈文〉用を節して人を愛す
〈大意〉政治の費用を節約して人民を愛すること。政治にたずさわる者の心構えを教えた言葉。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉孔子「論語」(中国・春秋)
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書

〈釈文〉天門中断して楚江(そこう)開き 碧水(へきすい)東に流れて北に至って廻(めぐ)る 両岸の青山相対して出で 孤帆(こはん)一片日邊(じっぺん)より来る
〈大意〉両山を真二つ割ったような天門山、その名にふさわしく門の間からは天が見られ、門の下には楚江が開ける。東から流れる紺碧の水路は、ここから北流する。両岸の青々とした山は相対峙して天にそびえ、その狭間をただ一そうの帆船が小さな姿で太陽を背にして下ってくる。
- 〈落款〉李白詩 望天門山 秀巖書
- 〈出典〉李白「望天門山」(中国・唐代)
- 〈掲載書籍〉「墨筆紀行 中国漢詩の旅」1985年/修美社/刊
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈釈文〉屋形様に対し奉り、尽(じん)未来(みらい)逆意あるべからざる事。論語に云(いわ)く、造次(ぞうじ)にも必ず是に於いてし、顛沛(てんぱい)にも必ず是に於いてす。亦云(またいわ)く、君に事(つかうまつ)るに能(よ)く其の身を致す。
〈大意〉お館様に対し奉っては、未来永劫にいたるまで謀反の心を抱いてはならない。論語にも書かれている。咄嗟の時(=造次)でも、今まさに倒れんとする危急の場合(=顛沛)でも必ず是(仁)を忘れてはならない。またこうも書かれている。君に仕えるには全身全霊、全力を尽くして勤めるべきである。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「武田信繁家訓」
- 〈掲載書籍〉「書で綴る武田信玄」1988年/広論社/刊
- 〈書体〉行草書

- 〈落款〉秀巖書
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉昭和63(1988)年10月 第17回秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉草書

〈釈文〉福寿
- 〈落款〉丙辰 秀巖書
- 〈製作年〉昭和51(1976)年
- 〈書体〉草書
- 〈鑑賞〉扇面に福寿の二字を穏やかに書かれた作品。紙の地紋が文字の中に浮き出て効果的。

〈釈文〉恩を棄てて無為に入る
〈大意〉俗世間の恩愛を棄てて仏の世界に入ること。「僧伽」と題する詩の一節。良寛は求道心のないなおざりな僧へ厳しい批判を投げかけている。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出典〉良寛「僧伽」
- 〈掲載書籍〉「書で綴る良寛人と藝術」平成元年/広論社/刊
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉楷書

〈大意〉段階的な修行を積むことなく、一挙に悟りをひらくこと。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈掲載書籍〉「‘97喜寿・古希記念 代表書家作品集」平成9年/修美社/刊
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

〈釈文〉月は千家に到って静かなり
〈大意〉秋の月はくまなく多くの家々を照らして静かである
- 〈落款〉秀巖
- 〈出典〉陳師道「秋杯示黄預」(中国・宋代)
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書

〈釈文〉南山に老松有り 蒼翠四時茂る 九茎の芝これに伴う 千歳其の寿を齊す
〈大意〉 中国の南山に年代を経た老いた松がある。その松の色は蒼翠に輝き葉がいつも茂っている。九つの茎を持った芝がその老松の下で長きに渡り伴に生い茂り、その歳月は千年以上も続きたいへんめでたい
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉「寿詞」
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書

- 〈落款〉丁卯孟夏 秀巖書
- 〈製作年〉昭和62(1987)年
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉草書

〈大意〉言葉を使わず心から心へ伝えること。「拈華微笑」の故事を踏まえて用いられる。釈迦が霊鷲山で金色の蓮の花をひねってみせたところ、大衆はその意味を理解できなかったが、迦葉尊者だけがその意味を悟って微笑んだので、釈迦は彼だけに仏法の真理を授けたという。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出品書展〉平成12(2000)年10月 第29回萠翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈鑑賞〉紙の瓦当文様が文字の中に浮き出て効果的。

〈釈文〉諸行無常なり 是生滅の法なり 生滅滅しおわりて 寂滅を楽となす
〈大意〉諸々の事象は常なく変わり続け、生じたものは必ず滅するのがならいである。生じて滅することにとらわれなくなれば、こころ静かな楽しみに至ることができる。
- 〈落款〉於萌翠庵 秀巖書
- 〈出典〉「涅槃経」
- 〈出品書展〉平成3(1991)年10月 第20回秀叢展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉楷書

- 〈落款〉秀巖
- 〈掲載書籍〉「書で綴る織田信長と戦国武将」平成3年/広論社/刊
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉草書

〈大意〉密教における護身の呪文。「臨兵闘者皆陳列在前」の九文字を唱えて指で印を結んで煩悩や邪気を払う。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成13(2001)年10月 第31回萌翠展
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉巻子

〈釈文〉鶴は舞う千年の樹
〈大意〉鶴は千年まで樹に舞う
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉陳子昂「春日登金華観」(中国・唐代)
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書

- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成5(1993)年10月 第22回秀叢展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉隷書

憂のおく山今日越えてあさきゆめ見し酔もせす
〈釈文〉色は匂えど散りぬるを我が世誰ぞ常ならむ 憂の奥山今日越えて浅き夢見し酔もせず
〈大意〉花は咲いても散ってしまう。そんな世の中にずっと同じ姿で存在し続けるものなんてありえない。「人生」という険しい山道を今日もまた1つ越えてはかない夢は見たくないものだ、酔いもせずに。(いろは歌は、すべての仮名を重複させずに用いた歌として中世より広く親しまれている。)
- 〈落款〉秀巖
- 〈出典〉いろは歌
- 〈出品書展〉平成3(1991)年10月 第20回秀叢展
- 〈書体〉大字かな
- 〈表具形態〉額装

〈大意〉真理を認識し、悟りを開くはたらき。仏智。仏教における最高の智慧。
- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成13(2001)年10月 第31回萌翠展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉梵字
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉乙卯首夏 秀巖書
- 〈製作年〉昭和50(1975)年
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉行書

- 〈落款〉教導院禅定秀巖居士
- 〈出典〉内藤鳴雪(1847-1926)の俳句
- 〈出品書展〉平成9(1997)年10月 第26回萌翠会秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉大字かな

〈釈文〉子夜四時の歌 秋風窓裏に入り 羅帳起ちて飄々 頭を仰げて明月を看 情を寄す千里の光
〈大意〉秋風が窓の中に吹き込んできて、うすぎぬの帳が動いて風にひらひらとひるがえる。頭をあげて明るく光る月を眺めては、千里を離れたあの人を照らしている月に思いを寄せる。
- 〈落款〉楽府詩集 秀巖書
- 〈出典〉「楽府詩集」(中国・宋代)
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈大意〉「?「くみとる・うるおう」という意味。心をくみとる。心をうるおす。
- 〈落款〉傘寿 秀巖書
- 〈製作年〉平成11(1999)年
- 〈出品書展〉平成11(1999)年4月 第28回萌翠会展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉篆書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉雲遊ぶ
- 〈落款〉乙卯首夏 秀巖書
- 〈製作年〉昭和50(1975)年
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行書
- 〈表具形態〉額装

- 〈出典〉与謝野鉄幹(1873-1935)「行く春」
- 〈出品書展〉平成7(1995)年 第24回萌翠会展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉大字かな
- 〈表具形態〉額装

- 〈落款〉秀巖
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉額装

〈釈文〉八月湖水平(たい)らかなり 虚(きょ)を涵(ひた)して太清(たいせい)に混(こん)ず 気は蒸す雲夢沢(うんぼうたく) 波は憾(うご)かす岳陽城 濟(わた)らんと欲するに舟楫(しゅうしゅう)なし 端居(たんきょ)して聖明に恥ず 坐して釣を垂(た)る者を観(み)て 徒(いたずら)に魚を羨(うらや)むの情あり
〈大意〉八月は湖の水が平らかだ。はるかな大空をひたし、水と空との区別がつかぬ。水蒸気が雲夢の沢にたちのぼり、大波が岳陽の城をゆりうごかす。水の上を渡ってゆきたいのだが舟もかいもなく、つくねんとして暮らしているのが聖明なる天子に対して申し訳ない。釣り糸を垂れている人をただじっと見ているだけで、自分も魚をとりたいと思いながらむやみに人を羨んでばかりいる。
- 〈落款〉壬子仲秋 秀巖書
- 〈出典〉孟浩(孟浩然)「望洞庭」(中国・唐代)
- 〈製作年〉昭和47(1972)年
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

〈大意〉あかあかと入日は無常にもそ知らぬ照りつけ旅の身には厳しい残暑だが、その一方、爽やかな秋の風が吹き始める頃になった。
- 〈落款〉教導院禅定秀巖居士
- 〈出典〉松尾芭蕉(1644-1694)「奥の細道」
- 〈出品書展〉昭和63(1988)年10月 第17回秀叢展
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉大字かな

〈釈文〉石は無根の樹を長じ 山は不動の雲を含む
〈出典〉「水月斉指月録」(中国・明代)
- 〈落款〉秀巖
- 〈掲載書籍〉「昭和書壇一五〇選 ‐師系作品集‐」昭和62年/修美社/刊
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈書体〉草書

〈釈文〉独り芳春(ほうしゅん)の酒を酌(く)み 楼に登れば已(すで)に半醺(はんくん) 誰が驚かん一行の雁 衝断(しょうだん)江雲を過ぐるを
〈大意〉春風に独りで酒を酌み、江楼に登ると半ば酔を覚えてきた。誰が一行の帰雁が雲を衝いて過ぎてゆくのを見て驚くであろうか。
- 〈落款〉秀巖書
- 〈出典〉韋承慶(韋延休)「江楼」(中国・唐代)
- 〈出品書展〉平成7(1995)年10月 第24回萌翠会展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉行草書
- 〈表具形態〉額装

法華経を写経されたもの。
- 〈落款〉教導院禅定秀巖居士
- 〈出典〉「妙法蓮華経」
- 〈書体〉楷書

- 〈落款〉静かな老年
- 〈出典〉遠地輝武(1901-1967)「静かな老年」
- 〈出品書展〉平成15(2003)年10月第33回萌翠展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉大字かな
- 〈その他〉平成14(2002)年秋以降の書展のために準備されていた作品であるが、その年の7月にご逝去されたため、翌平成15(2003)年10月に秀巖先生の追悼展として開催された第33回萌翠展での出品となった。秀巖先生最後の作品である。

〈釈文〉心を鎮めて天声を聴く
- 〈落款〉八十有余四 秀巖
- 〈出品書展〉平成15(2003)年10月 第33回萌翠展
- 〈大きさ〉半切
- 〈書体〉草書
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉平成14(2002)年秋以降の書展のために準備されていた作品であるが、その年の7月にご逝去されたため、翌平成15(2003)年10月に秀巖先生の追悼展として開催された第33回萌翠展での出品となった。秀巖先生最後の作品である。

- 〈出典〉小林一茶(1763-1828)
- 〈大きさ〉半切3分の1
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉平成14(2002)年秋以降の書展のために準備されていた作品であるが、その年の7月にご逝去されたため、翌平成15(2003)年10月に秀巖先生の追悼展として開催された第33回萌翠展での出品となった。秀巖先生最後の作品である。

- 〈落款〉秀巖
- 〈出品書展〉平成15(2003)年10月 第33回萌翠展
- 〈大きさ〉半切2分の1
- 〈書体〉篆書
- 〈表具形態〉額装
- 〈その他〉平成14(2002)年秋以降の書展のために準備されていた作品であるが、その年の7月にご逝去されたため、翌平成15(2003)年10月に秀巖先生の追悼展として開催された第33回萌翠展での出品となった。秀巖先生最後の作品である。